マルチング(マルチ)【まるちんぐ】

家庭菜園応援サイトSodatte「魂の園芸用語辞典」より

マルチング、あれはつまり「お姫様だっこ」ではないかと思う。

 

小さくか弱い野菜の芽が大きな実をみのらせるまでには、私たちの想像をはるかに超える多くの敵と対峙しなければならない。水切れに伴う灼熱の乾燥トラップ。栄養と領地を容赦なく奪う雑草エネミー。大事な肥料をさらっていく風雨ギャング。徒党を組んで攻撃を仕掛ける害虫トゥルーパー。天空から虎視眈々と獲物を狙うバーズアタック。暗闇の中で執拗に責めたてるナメクジナイトメア…。

 

生きているのが不思議なほど、世界は困難に充ち満ちている。当然、挫折する者、犠牲になる者も続出する。命からがら生き延びても、実をつけるほどの体力は残されていないかもしれない。

 

ああ苦しい、生きるってどうしてこんなにつらいの、アタシもう駄目かもしれない…。あきらめかけた時、おぼろげな意識の向こうで誰かの声がする。

 

「大丈夫、ボクがキミを守ってあげるからね」

 

ふいに抱きすくめられ、目を開ける。ちょうちんブルマーに輝く白い歯、あなたは…白マルチの王子様?

 

「いいから黙ってオレのそばにいろ」

 

その黒光りしているたくましいカラダ…まさかあなたはキング黒マルチ?

 

「泣くのは私の前だけにしてください。あなたの涙は危険だ」

 

ああ、そのクールな態度は…銀マルチ執事?

 

雑草から守ってくれる黒マルチ、ぐいぐい暖めてくれる白マルチ、害虫を退治してくれる銀マルチ。真綿のようにふわふわ包んでくれる稲ワラや籾がらマルチ、おしゃれ度抜群のバークチップマルチ。姿形は違えど目的はただひとつ、野菜の苗を優しく包み込むこと。なにこの幸福感。これは恋?それとも愛? けんかをやめて、ふたりをとめて、私のために争わないで…。

 

そんな妄想を繰り広げていると、

 

「ちっ、なんだよ野菜ばっかり特別扱いで。枯れちゃえばいいのに

 

と得体の知れないジェラシーがわいてきて、いつしか野菜と愛憎半ばの関係になっている今日この頃である。

 

ちなみにマルチは英語で「Mulch」。根本を覆うという意味の園芸用語で、マルチタレント、マルチ商法の「Multi-」とは別ものなので、あしからず。

 

 

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文:アキエダ / 絵:サノア

 

マルチング(マルチ)【まるちんぐ】とは
畑 やプランターの土の表面を紙やワラなどで覆うこと。雑草の繁殖抑制、地熱や土壌バランスの安定化、肥料の飛散流出予防、泥の跳ね返しによる病害予防、保 水・保湿などさまざまな効果があり、野菜づくりには欠かせない作業のひとつ。落葉やコケなどで行う天然マルチ、バークチップや玉石などを使った観賞用マル チ、プラスチックフィルムで敷き詰める農業用マルチなど、さまざまな素材がある。家庭菜園では稲ワラやフィルムシートのマルチが一般的。

 

*家庭菜園応援サイト「Sodatte」内で連載中のコラム「魂の園芸用語」より転載(2014年公開)

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