ヌーヨークの女

ミュージカル「34丁目の奇跡」劇場パンフレットより

ヌーヨークの女

 

感じ悪っ。なんちゅう、いけすかない女じゃ!

 

もちろん『34丁目の奇跡』に登場するドリスの話である。頑固な社長も一目置く、老舗デパートきっての女性管理職。幼い愛娘に「サンタは時給2ドルで雇っているおじさん」なんて寂しい言葉を吐かせてしまう、現実主義の子持ちバツイチ。その上、近づく男はみんな自分が目当てだと信じて疑わない、おそるべきプライドの高さと自己顕示欲!

 

それなのに、表向きは空気も通れないほどがっちり防御しながら、よく見たら背中がまるっとノーガード。「うぬう、そんな無防備さって最高にかわゆく見えるんだぞう、反則だドリス!」と思わずツッこまずにはいられないのだが、とにかく彼女は1940年代のアメリカを舞台にした物語としては、明らかに異色のヒロインである。

 

しかし、いいですかお客さん。「素敵な舞台だったわ、さあ何を食べて帰ろうかしら♪」なんて油断してる場合じゃありません。この物語で一番大切なのはクリスマスに奇跡が起きたことじゃなく、物語の舞台となったニューヨークでは、奇跡など日常茶飯事に起きているということ。そして60年たった現代女性がドリスにものすごく感情移入できるように、彼女のような女性は今じゃ当たり前のようにいるという現実であります。

 

ひしめく摩天楼。かっこいいニューヨーカー。カリスマシェフの高級レストラン。ノンノノン、そんな美しいイメージに騙されちゃいけません。電車が時間通りに来ない、なんてのは序の口。 乗っていた地下鉄が、気づけば全く違う方向の路線に変わっていたり。 真夏日になったかと思えば、翌日に雪が降ったり。 カード社会かと思えば、光熱費の支払いはいまだに小切手だったり。 高級ブランドでお買い物した後、スリフトショップで古着をねぎり倒したり。

 

 

ああ、そんなささやかなことではなくて、呆気に取られて言葉にならないくらい「ありえない」が起こる。あんまりありえなすぎて、何が普通なのか頭が混乱するくらいの振り幅の大きさなのだ。 そんな人間くさくてスットコドッコイなこの街を、私は愛をこめて「ヌーヨーク」と呼んでいるのだが、つまりヌーヨークでは何でもアリ。腰が抜けるような出来事が日々起きるし、物事が思い通りに運ぶことはまずない。だから、奇跡に出会うチャンスだって多いのである。

 

たまたま入ったデリで買ったコーヒーがおいしかった。マイガッ。

待ち合わせの時間に全員が揃った。アンビリバボー。

ファーストフードで注文通りの品物が出てきた。ワッタ・ミラコー!

 

冗談じゃなく、これらはヌーヨークでは本当に奇跡的な話なのだ。もちろん高級住宅街の高層マンションに暮らすセレブリティのような、わかりやすいアメリカン・ドリームもあるけれど、普段はありえないことが起きる、ということを奇跡と呼ぶならば、ヌーヨークは奇跡の街と呼んで差し支えない。

 

そして、そんな愉快なこの街が好きだという人は、大抵ドリスと同じ年頃の女性なのだ。社会に出て常識や分別でカチンコチンになった脳みそが、ニューヨークにいると面白いくらいシャッフルされる。年齢や職業や出身や性別の垣根をとっぱらって人と交われるし、年相応の行動など誰も期待しない。欲しいものを欲しい! と大声で言える爽快感は日本ではちょっと味わえない(結果としてヌーヨークにいる女はドリス化していく)。

 

さらに、アメリカは大人社会。日本ではマイナスに捉えられがちな年齢や経験値が、人間としての成熟度としてモテポイントになったりする。(アメリカ人の男友達が「若い子より大人の女性のほうがだんぜん素敵だよ。特にバツイチ子持ちなんて、痛みを乗り越えてがんばっているところがセクシーだ」とのたまった時は、「キミ、今すぐ来日して全国的にその言葉を叫んでくれたまえ!」と嘆願したものだ。)

 

もちろん、常に自分を磨き続ければならないしんどさはある。社会人の多くはキャリアアップやブラッシュアップを目指して、仕事と学校を両立するのが当たり前。自分の存在をアピールしていないと、あっという間に仕事をクビになったりするから恐ろしい。その上、生活費は全米最高額、気候も厳しいとくれば誰だって「やってられっか!」と怒りたくもなる。

 

それでもたくさんの女性がヌーヨークを愛し、暮らしたいと望むのは、ここが“がんばれる街”だからじゃないだろうか。がんばるべきことも、がんばらなくてもいいことも、ちゃんと知っている大人だからこそヌーヨークは面白い。そして意地を張ることをやめたドリスみたいに、女性達は時々肩の力を抜いて、誰かの前でちょっとだけ素直になりたいのだ。

 

……すいません、自分で書いといてナンですが、マンハッタンに世界中のドリスが集まり増殖していく図を想像して、今ちょっと冷や汗が出ました。スーザンの無邪気さも学び取ろう…。

 

何はともあれ、『34丁目の奇跡』はヌーヨーク的には特別驚くような奇跡ではないのだが、ひとつだけ挙げるとすれば、フレッドという気持ちのやわらかい男がドリスと恋に落ちた、ということだろうか。さすがのヌーヨーカーにも恋の奇跡はめったに起きないのに、子供が彼氏を連れてきてくれるなんてラッキーすぎる。ああ、最後までいけすかないったらありしゃしない!

 

こうなったら34丁目と言わず1丁目にも9丁目にも230丁目にも(あるのかそんな場所)、平等に恋の奇跡が降ってくれないと帰れませんよ、ねえお客さん?

 

 

*2005年12月に上演されたミュージカル『34丁目の奇跡』(別所哲也・愛華みれ主演)の劇場パンフレットに掲載されたものです。