ある日、庭に現れたカミサマのこと。

伊豆諸島の新島に暮らし始めて、2年目の夏を迎えました。ビキニ姿ではしゃぐ女子たちの明るい声を聞いていると、関東あたりの海水浴場にいるような錯覚にとらわれるのですが、実際のところ内地から遠く離れた新島の暮らしは、これまで私が見聞きし味わったどの場所とも違っていて。驚いたり戸惑ったり興奮したり、くるくると忙しい毎日を過ごしています。

 

島民生活1年目は、勝手のわからない暮らしにあたふたするばかりでしたが、少しずつではありますが島のことが見えてきました。これからゆっくり、島の話を綴っていければと思います。

 

 

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よろしくどうぞ

 

 

私が新島に来たのは島ネイティブの人と結婚したから、といういたってシンプルな理由です。当然ながら島内にはダンナの実家があり、当初は実家の離れに暮らすはずでした。ところが後に、大がかりなリフォームが必要なことが判明し、当面は実家から歩いて5分ほどのところに家を借りて、2人で暮らすことになったのです。

 

その家はダンナの親戚が持っている、2間ほどの小さなおうち。内地に暮らしている親戚の方々が年に1、2度、島に帰ってくる時のために残していたもので、ふだんは誰も住んでいない空き家です。しかも最近は親戚ご夫婦が高齢となり、めったに帰島できなくなっていたので「家が傷むよりは誰かに使ってもらったほうがいい」と快く貸していただけることになりました。

 

とはいえ自然というのは獰猛なもので、誰も使わない家のまわりはあっという間に竹藪化。それはもうびっしりと背の高い竹が生えて、島民ですらそこに家があったことを忘れるほどだったといいます。私が引っ越した時にはひととおり伐採されていましたが、竹の生命力はすさまじく、数センチでも地下茎が残っていればそこからぐんぐん根を伸ばしていきます。切っては生え、生えてはまた切り、の無限ループ。島民1年目は、油断ならない竹との戦いで終わっていきました。

 

 

そして2年目。

前庭の竹がようやく沈静化したので、今度は裏庭に着手することになりました。裏庭というと聞こえはいいですが、要は竹や木や雑草がボーボーに生えた、とびっきりのジャングルです。

 

 

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部屋から見ると、こんな感じ

 

 

見た目さわやか、鳥の鳴き声も響くいい感じの雑木林なのですが、なにしろヤブ蚊がすごいったらありゃしないのです。どんなに玄関側を手入れしても、後ろがこうだと虫、わき放題。せっかく一軒家に暮らしているというのに、おちおち前庭にも出ていられない始末なので、より快適かつジョイフルな離島生活をめざし、大木を残して他を伐採することにしたのです。

 

電動ノコギリや高枝切りバサミも導入しつつ、クワを片手に来る日も来る日も肉体労働に明け暮れること3ヶ月。裏庭が開けたらデッキチェアーを置いて~BBQなんかもやっちゃて~ピザ窯とか作っちゃう~? なんて妄想をふくらませながら、鬱蒼とした雑木林に久方ぶりの光が射し始めた頃、

 

突如として、庭に小さな祠が現れたのです。

 

 

kamisama

 

 

 

 

「ねえ、あれはなに?」

「あれはカミサマだ」

「神様って、何の神様?」

「カ´ミサマじゃない。カミ´サマだ。

カミ´サマは何の神様でもない。カミ´サマはカミ´サマだ」

 

 

石づくりの小さな祠には、見覚えがありました。実家の入口に、似たようなものがあったからです。通りのすぐ裏にあったその祠も、義父母は「カミサマ」と呼んでいました。そして盆や正月になると「カミサマ」に松の枝と水を供え、まわりをきれいに掃き清めたら、海岸から採ってきた白砂を敷き詰めるのです。

 

 

素朴な祠は「ただそこにある」というたたずまいで、道祖神に近い存在なのかなという印象。よく見ると島の家にはどこも敷地内に「カミサマ」があるようで、実家と同じようにその家の住民が大切に手入れしているようでした。では、我が家の「カミサマ」はどうすればいいんだろう? よくわからないので義父母に聞いてみることにしました。

 

 

「ああ、あれはね、子供のカミサマなんだよ」

「えっ(もしや水子…?)」

「子供が生まれたら、あそこにお参りに行くんだよ。

うちも子供が生まれるたびに、お参りに行ったんだ」

「ええっ??」

 

 

出産したら他人の家にあるカミサマにお参りに行く、とは一体どういうことなのか。

頭の中がはてなマークでいっぱいでしたが、とにかく「まわりをきれいにして、お参りできるようにしてあげて」と言われたとおりに祠周辺を重点的に伐採し、雑草を抜いて参道を作り、ほうきで掃いて清めることにしました。

 

 

近づいてよく見ると、祠はコーガ石でできているようです。コーガ石とは新島特産の自然石で、漢字で書くと抗火石。軽石の一種で火や熱に強く、加工が簡単なことから島では建材として使われています。ちなみに東京・渋谷駅前にある待ち合わせのメッカ、モヤイ像も新島のコーガ石。

 

 

 

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モアイじゃないよ、モヤイだよ

 

 

 

この島は本当にどこもかしこもコーガ石だなあ、などと考えているとダンナが一言、

 

 

「このカミサマ、けっこう古いものかもしれない」

「え。なんでわかる?」

「コーガ石はモルタルと相性が良いから、

モルタルを使うとピタッと隙間なくきれいにブロックを接着できる。

でもこのカミサマは、継ぎ目が荒いだろ?」

「いわれてみれば確かに」

「接着剤に漆喰を使っているからだ。

島で漆喰からモルタルへ切り替わったのは100年ほど前だから…」

 

 

つまりこれは明治、ひょっとすると江戸時代から同じ姿でここにある「カミサマ」かもしれない、ということ。裏庭でごきげんヴァカンスのはずが、いきなり江戸時代にタイムスリップしてしまった!

 

 

写真を撮っても大丈夫かな、と一応島民に聞くと「いつもきれいにしているから大丈夫だよ」と許可を得たので、クローズアップしてみました。貴重な記録ということで、カミサマ失礼いたします。

 

 

 

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カミサマ全体像

 

 

高さは1mほどで、小さいながらも神社さながらの立派な切妻造り。横にミニチュアのような小さな石の祠と、反対側に平たい石板が立てかけられています。ちなみに実家のカミサマは高さも幅も2mはあろうかという巨大な祠で、人が余裕で入れるサイズ。

 

 

 

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目地部分

 

 

 

継ぎ目の漆喰が経年劣化で溶け出しているように見えます。ただ、石自体はほとんど劣化がなく、エッジもとてもきれい。

 

 

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内部

 

 

内側には小さな小さな石の祠と平らな石、昔の人がお参りした形跡であろう錆びたコイン、そして小さな鈴がいくつかありました。鈴のお供えはおそらく「子供のカミサマ」だからなのかな、と推測されます。

 

ここが子供のカミサマなら、他のカミサマは何だろうか。

改めてもう一度、実家のカミサマは何を守っているのですか、と義父母に聞いてみたところ、

 

 

「あれは水のカミサマだよ」

 

 

 

資料が見当たらないのではっきりしないのですが、見聞きした話によるとかつて新島の家では庭に祠や社を建て、ここは水、あそこは疫病といった風にそれぞれ違う役割を持ったカミサマを祀ったそうです。カミサマはすべて、村の守り神。家の人間は村の代表としてカミサマを預かり、守り人として大切にしてきたといいます。

 

 

新島では今でも、あちこちのカミサマをめぐってお参りすることもあるんだとか。ひとんちの庭をめぐるというのも不思議な話ですが、確かに家の中に祠があれば手入れも行き届くというもの。閉ざされた小さな島が生んだ風習なのかもしれませんが、そう考えると私もずいぶん遠いところに来たんだなあと、窓越しに小さなカミサマを眺めながら思う今日この頃。

 

 

 

 

我が家にカミサマがやってきて以来、義父母と時折カミサマの話をするようになりました。先日義父から聞いたのは、こんな話。

 

 

 

 

うちの兄弟の中に、ソッチの力がある妹がいたんだよね。

内地にお嫁に行ったから島にはいなかったんだけど、ある日電話がかかってきて、こう言うんだよ。

 

「兄さん、カミサマが暗い、暗い、暗くて嫌だ、と言って夜な夜な夢に出てくるの。カミサマのまわりに何かない?」

 

うちは昔、蚕を飼っていてね、繭玉を内地に出荷していたんだよ。

それで蚕の餌になる桑の木を庭に植えていたんだけど、いつのまにか葉っぱが茂り過ぎちゃって。

妹の電話を受けてよく見てみると、カミサマのところに桑の葉が覆いかぶさっていて、光が当たらなくなっていたんだ。

 

あわてて桑の枝を切ったところ、それ以来、妹のところにカミサマは現れなくなったんだそうだ。

 

 

 

**

 

 

うちの母の親、要するにわたしのばあちゃんだけどね、ばあちゃんがまだ生きていた頃の話だよ。

ある日突然、ばあちゃんが何の前触れもなく

 

「ぶう! ぶう!」

 

と口走り始めたんだ。

 

喋ってもぶう、食べてもぶう、寝ててもぶう。

とにかく1日中ぶうぶうぶうぶう鳴き続けるものだから、これは様子がおかしいぞと大騒ぎになったんだ。

困り果てて、当時島に霊能者のような人がいたので相談してみると、こう言われた。

 

 

「何か、家の中に穢れたものを入れていないか? カミサマが騒いでいる」

 

 

あわててカミサマのまわりを探したんだけど、何もない。

そこで、そばにある桑の木の根元を掘り起こしてみたんだ。

すると、小さな豚の死骸が埋まっていたんだよ。

 

 

当時、島では豚が飼われていて、どうやら野良猫か何かが捕まえた子豚を敷地の中に置いていったようだ。

それをうちのばあちゃんが見つけて、桑の木の根元に埋めてあげたらしいんだ。

 

 

すぐに死骸を処分して、桑の木のまわりに塩をまいて清めることにした。

するとばあちゃんは、嘘のようにピタッと鳴かなくなったんだよ。

 

 

 

***

 

 

 

えーーみなさん、ついてきてください。今は21世紀ですよ(笑)。

 

いずれも40〜50年ほど前の話らしいですが、日本が高度成長期でノリノリだった頃、島ではこんなことが普通に起こっていたとは。ああ世界って本当に広い。

 

そんなこんなでまだまだ興味が尽きない新島、カミサマのことも引き続き調べてみたいと思いますが、ひとまず新米島民として我が家のカミサマを大切にしていこうと思います。